11/11/11

西暦が下二桁表記だと、なかなか壮観な日付なりー。
それだけっす。

・・・なんかtwitter向きの短い投稿だねー。でも、ツイッターってホントは、そんなtweetは無用な場所だと思うけど。

というわけで、twitterについて思うことでも書こっかねー。

twitterって、利用形態が、とりあえず3形態(そしておそらくもっと多く)、ある気がします。

1. 一次情報や何らかの雑感を発信することを主眼にし(あるいはタグを設定してtweetを募ることにより)、ある事柄について反応を得ようとするもの。
2. 一次情報あるいは高次情報そのものの拡散を目的としたもの。
3. BBS、チャットの代替物のような新しい意見交換方式。

このうち、3. の利用形態には個人的に不満があるのです。
傍から見た時だと、タイムライン(だれのツイートを並べるか、という設定)の設定によって、一人の人がただまとまりのない意見陳述をしているように見えることもあり、逆に、必要な議論以外のものが大量に間に挟まってしまって、議論の存在そのものが薄くなってしまったり。まあ、私が不器用なせいもあるのでしょうが、敷居が高い、なんだかつまらなそう、に見えるんですよね。

じゃあ、自分が主体となってtwitterを活用すれば、という話なのかも知れませんが、傍から見て「つまらなそう、時に不愉快」に見えるものを自分がやりたいと思えないです。

また、1. 2. の形態についても、結局、反応そのものや連鎖反応によって、別所にて最終的に 3. の形態を生む主要因になります。また、2. の形態については、情報汚染(虚偽の情報の拡散・誤情報の訂正の不徹底・多くはないけれども新情報の付加等を含む誤伝達)の危険が強いです。

なお、twitterは、利用方法の柔軟さが売り、なのかも知れませんが、すべからく 1. の利用をすべき人間(企業担当者・公人・みなし公人など)が、同じアカウントで 2. とか 3. とかの利用をあまりに熱心に行うと、混乱の極みになると思います。親しみやすさの演出の意図があっても、少なくとも私は、わずかな不快感と、時に特別な関係を見せつけられることによるブ厚い壁しか感じないです。

以上、twitterを早々に切り上げた理由でもあります。

追記:
1. への反応そのものを主眼とした消極的利用、というのもありますね。否が応でもアカウントが必要になることで、情報純度は高まります。その後、特に主体的な発信を行わない場合、3. の形態に移行する可能性ありです。
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インターネット広告の「トランスメディア」提供スキンアイコン by mikamikanamiyuki | 2011-11-11 22:22 | 雑記

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